二畳半生活

ぼんやりとした概念を具体化する作業途中です

東京国立近代美術館 工芸館に行って

 この度はいつもの本の感想メモから趣向を変えて、最近感動したお話です。

 社会の歯車となっていると大きく感動する機会が減っているように感じるので、この思いを書き留めておこうという気持ちで記します。

 

●内容の要約

 2020年3月8日までに東京国立近代美術館 工芸館に行こう

 

●本文

 会社で週5働いていると、社会が、街が大きく動いている時に自由時間があるのはだいたい週2くらいである。
 その週2で、日用品の買い出し、ちょっとした掃除や作り置き、寝て休んで体力気力回復、人と会うなど、来週の生活への備えをしているとまあまあせわしなく、
行ったほうが楽しいけれど、行かなくても困らないイベントは程々に後回しになる傾向にある。
 

 美術館にいく、という行為もそのひとつである。
 後回しにしすぎていつの日か行きたかった展示期間が過ぎていることも多々ある。それでも、多少時間をつくってでも展覧会に行く意味はあったと感じる出来事が最近あった。

 東京国立近代美術館 工芸館で開催中の、工芸館東京会場移転前最後の展覧会
「パッション20」である。
 その空間で展示されていたとある作家さんの作品を見ることが出来たこと。
 そして当時憧れた、今でも感動した作品に出会えたこと。
 その作品への感動を、情熱を思い出したお話。

 

 もともと、旧近衛師団司令部庁舎をリノベーションした建物、東京国立近代美術館工芸館は好きな建築だ。工芸品を見るのも好きだ。

煉瓦と漆喰のコントラストが可愛らしくもあり、
近くで見ると建物のスケールが現代より大きく風格ある外観、
昔の洋館を想起させる、手摺の意匠も美しい入口の吹き抜け大階段
昔の建物ながら程よく高さがあり、着物など高さのある展示品も見やすい展示室、
使われ方を想起させ工芸品の展示にぴったりな作り付けの茶室風スペース、

そこの展示されるのは様々な技法で作られた、焼物、織物、彫刻など

 

 移転前最後ということは知っていたので、年始の会社休みを利用して窓展のついでに先日見にいった。
 実は最後だし見ておくかくらいの軽い気持ちで行ったところ、工芸館の扉を開けて中に入り、階段をのぼりきった場所にそれはあった。

 

漆で仕上げられた木の温かな光沢、

蝶にも似た優美な花紋の曲線を描く椅子の背もたれの模様
思わず座って見たくなるような心地よさそうな高さと深さ、

ひじ掛け部分、シートそして足の優美な丸み

 

黒田辰秋氏作の長椅子である。


 時は遡り2008年、秋 当時関西の学生だった私は、
京都国立近代美術館で開催されていた「生活と芸術 アーツ&クラフツ展
ウィリアム・モリスから民芸まで」を見に行った。
10年以上も前のことを、よく覚えているなと思うかもしれないが
何のことはない、検索サイトで「京都 展覧会 アーツ&クラフツ」で調べた結果である。(調べたい展覧会が開催回数の多いルノワールフェルメール等じゃなかったことは運が良かった。)


 今となってはその展示会で見た中で覚えているのは、2つ。
 1つ、チケットやリーフレット柄にもなっていたモリスの壁紙のパターンが複数点展示してあったこと、
 そして黒田辰秋氏の漆塗り、蓋の部分の花模様が美しい四角い小箱があったことである。

 

木の素材がもつ美しさを漆が引き出していたこと、

複雑ではないが優美さを感じる大柄な箱の蓋の模様、
上手くは言えないけれど、その展覧会の作品の中で一番輝いていたように見えた。
心をつかまれ、黒田辰秋氏に強く憧れた。


 とはいえ、知らないことの調べ方も十分に身についておらず、当時はその作品と作家の名前を目に焼き付けるだけで終わってしまった。恥ずかしながら、作家の名前も、作品も感動した記憶も、いままですっかり忘れていた。

 

 けれど、2020年の工芸館のホール、

 目の前に長椅子があった。大変美しい。作品のキャプションを見る。
 黒田辰秋氏の作品だった。


 昔の感動した記憶が一気に脳内をかけめぐり、胸が熱くなった。
 今抱いた感動は10年以上前に感じた感動とは別の種類の感動だと思う。
 今の私にはあの頃ほどの情熱はないかもしれない。
 とはいえ、十数年前に憧れた作家さんの作品に触れられたこと。その時の感動をかみしめられたことが本当に嬉しかった。

 

 東京国立近代美術館工芸館で展覧会展が開催されるのは3月8日まで、あと1か月ほどである。
 黒田辰秋氏作成の長椅子が、天井が高く程よく広々とした風格あるホールに展示されるのもその日までだろうか。
 年度末はすぐに時間が過ぎるとはいうけれど、何とか時間を見つけてあの作品をもう一度見に行きたい。
 その椅子に腰掛けて、手触りを、背もたれの傾きを、座り心地を確かめたい。
 この場所にこの作品があったということを、忘れられないくらい目に焼き付けたい。
(あとカメラを忘れてきたので、ちゃんと写真に収めたい)

 

 心を動かす出会いがあるからこそ、私はこの先も美術館に行きたい。

 

 ここまで思いの丈を書いてきたけれど、黒田辰秋氏作の長椅子は以前からもホールに置かれていたらしい。
 椅子は見ていたけれど昔の記憶を思い出さなかったのか、そもそも椅子に気付かなかったのかは分からないけれど、移転前直前にこの体験ができたことは本当に幸運だった。

 この出会いを機に、時間を見つけて黒田辰秋氏について調べたり、彼の他の作品を見に行きたいとも思う。有名どころだと京都大学前の進々堂だろうか。